「紘文先生と箸袋」
古賀 宣道

 先生とはわずか十年のおつきあいだった。
 そんな私が、ここで先生の偉大さを語るつもりはない。私ごときでは語り尽くせぬほどの、昭和、平成の俳壇に名を残すリーダの一人だからである。
 先生とのことでこんな思い出がある。
 忘年会で紘文先生の向いの席になったときのことである。
 先生は毎年、会の終わりにカラオケで一、二曲歌われる。ところが、この年はなかなか歌おうとなさらない。司会者の催促のことばがあっても、席をお立ちにならない。ふと思いついて箸袋に、
   先生の歌でおつもり年忘れ
と書いて、先生の前に差し出した。
 すると、ニコッとなさった先生は、「ペン貸して」とおっしゃる。
 お渡しすると、私の句の「おつもり」に線を引いて、「始まる」、「年忘れ」を同じように「年始め」とすらすらと書き直されて返してくださった。その間、数秒のことである。
   先生の歌で始まる年始め
 今夜は歌わないけど、新年会ではきっと歌いましょう、との意味である。
 先生のやさしさは誰もが口にする。そして先生の機知に富んだ話の面白さ、切り返しの早さと鋭さにあっけにとられる。
 「明日、NHKの放送があるので、喉を使いたくないから」とおっしゃった。
 次にお会いしたとき、例の箸袋を出して、先生に「紘文」とサインをしていただいた。
 「こんなのがなんかなるの?」と、不思議そうにおっしゃった。
「何かなるの」どころではない。おそらく「蕗」二千人の誌友のなかでも、箸袋にサインをしていただいたのは私だけだろう。
 独特の丸っこい文字で書かれた「紘文」。
 先生の人なっこい笑顔を偲ぶよすがとして今も大切に机上に飾ってある。
   湯けむりのことさら涼し句碑の丘  宣道(「蕗」誌友)