長命国日本の背景を探る
山本 聡明


●人生最後まで健康な人は少ない
 高齢者が何人か集まると、話の半分以上は、体のことや、病気の話になる。情報化社会と云われるように、情報量の三分の一は人々の健康問題である。
 健康診断で血圧やコレステロール値、尿酸値などの検査表を渡されるので、正常値をよく覚えてをり、会話の中で人の数値を聞いて、「まあまあですなあ」と医者まがいのやりとりをする人までいる。
 健康情報の氾濫で、人の顔色を見て、「どこか悪いのじゃないの」とか言って余計なお節介までする人もいて相手を不安におとし入れる。
 また健康に敏感な人は、口こみで、どこそこの病院がいいと云えば医者を替えて病院を次ぎつぎとワンダーリングする人もいる。
 「年をとって寝たきりや半身麻痺で生きるよりかピンピンコロリが一番いい」と云う人もいるが、病気の大半以上は過去のでたらめな食生活や、身体的、精神的、社会的に良好でない生きざまのツケが病気となって現れるのであり、生活習慣とは良く云ったものである。
 人生最後まで健康でいられる人はほとんどいないといっていいのである。人は挫折したり、悩み苦しんだり、最愛の人を亡くしたり、色んな過去を背負い順風満帆の人生などはそうあるものではない。
 だから健康法の第一は人には希望の言葉を送り合い、自分は「心の入れ替え」つまり「過去と他人は変えられない。変えられるの自分と未来だけである。」という言葉の通り、過去をリセットして進行ガン患者が寛解したという事例もある。
● 長命は女性だが寝たきりでは
 統計によると昭和五〇年代の医師数は十三万人。その後一県一医学部により医師数は増え続け今や二十八万人と倍増したが、それでも小児科や婦人科の医師が不足している。
 皮肉なことに医師二十八万人に対し、ガン死亡者数は三十四万人を超えている、医者が増えれば病気が治るわけではない。日本人の死因の第一位はガン(悪性新生物)で年間約六十万人が、ガンに罹り、三十四万二千八百二十九人が死亡している。つまり年間死亡者数(百十四万二千四百六七人)の30%、国民のほぼ三人に一人がガンで死亡していることになる。(二〇〇八年の統計)
 死因の二位は心疾患約十七万人(死亡者数の十六%、三位は脳血管疾患の約十三万三千人(同十二・三%)四位は肺炎の十万七千人(同九・九%)となっている。
 去る七月二七日の新聞発表によると、治らない病気が増えている割合には日本人の平均寿命が伸びている。勿論医学の進歩や人々の経済力、食料事情、生活環境や強い健康志向もあってか、女性八六・四四歳で世界一、男性七九・五九歳で五位に止まっている。大切なことは健康寿命の方である。健康寿命は平均寿命より五?六年下回ると見てよい、寝たきりは女性の方が長い。
●長命のルーツ
 日本人の長命の話は、古代中国の「徐福伝説」にもある。
 秦の始皇帝は部下の盧生(ろせい)に命じ、くすりに詳しい徐福は東方の神山に不老の霊薬を探すため若い男女や技術者を従え東の海上に船出したという「伝説」がある。
 徐福伝説の残る地は、北は青森県から南は鹿児島県まで全国30ケ所以上にのぼると云われる。二千二百年の時をこえ各地方の観光と町おこしに寄与するという話まで起きている。その日本が現在四年連続平均寿命が過去最高を記録している。
 いまから千七百五〇年前、古代中国の陳寿(ちんじゅ)(233?297)によって記述された「魏志倭人伝」(ぎしわじんでん)の中に「倭人(日本人)は長命で百歳あるいは八?九〇歳まで生きる」と記されている。
 その「魏志倭人伝」の後に、同じく中国で編纂された「後漢書倭伝」にも「多くは長命で百余歳に至る者はなはだ多し」とある。
 なぜ中国人がうらやましがるほどに日本は長命の国だったのか、その点について、食文化史研究家の永山久夫氏は次ぎのように述べている。
 日本は北海道・本州・四国・九州の四つの島と沖縄そして回りに点在するたくさんの島々からなる列島国である。総面積三十七万平方「。、決して大国ではない。ところがこの島国は古代から不老長寿の島であると述べている。
 長命の背景を考察すると、日本は雨が多くて稲作に適し、アジアモンスーン的気候風土の特徴を上手に取り込みながら体得してきた「養生の知恵」がある。その特徴を永山氏は次のように述べている。
(1)日本列島の七〇%は山で、森林から放出されるフィトンチッド(放香殺菌物質)効果によって免疫力が強化される。
(2)四面環海であり、長命作用の高い魚介類や海藻などを一年中たべる習慣を形成してきた。
(3)六世紀に伝来した仏教の影響もあり、動物性蛋白質は、コレステロールの多い肉類よりも、ヘルシーな魚介類中心であった。
(4)主食はコメを、昔はひと晩水に浸けてから炊いていたため、脳内の血行をよくするギャバ(ガンマーアミノ酪酸)がふえ、記憶力の低下を防いだ。
(5)みそ汁や納豆といった大豆発酵食品や豆腐などを毎日のように食べてきた。
(6)どこの民族よりも大豆をたくさん食用にしてきた。大豆はモノ忘れを防止する能力が高いレシチンや老人病と称される骨粗鬆症を防ぐイソフラボンをたくさん含んでいる。
(7)春・夏・秋冬それぞれの季節に出回る旬の野菜を毎日とる習慣を形成し・ビタミンCやEそれに椎茸のD・カロテイン・アントキシニアンなど抗酸化を助け、活性酸素の攻撃を防ぎ細胞の若々しさを保つ効果があった。
(8)緑茶を常用するならわしが抗酸化成分のカテキン、それに脳細胞を活生化させるテアニンヤカフェインなど毎日常用してきた。
● 温泉地は健康リゾート
 長命についての見解はその外考えられるが、中でも日本人は世界でも珍しい清潔好みの民族である。その一つは火山国で日本各地に温泉が多いこともあって、入浴の習慣が日常化している。
 しかし隣国の韓国、中国さらに火山国イタリヤなどにも温泉は多いが、同じ農耕民族でありながら日本ほど湯治熱は高くない。
 温泉の効用はいまさら申すまでも無いが、温泉入浴は湯治と云われるように、体のしんから温まり体温の上昇が普通の風呂に比べていい。
 「熱こそ最高の妙薬である」ノーベル賞を受賞したA・ルウオッフ博士(フランス)がさまざまな実験の結果、発した至言である。
 病気の最大の「防御機関」である白血球の働きで、私たちの体にはいった異物・細菌などを貧食し、殺菌し、がん細胞などをやっつける免疫力によって人は健康に生きられることは分かっている。
 体温を一度上げれば免疫力は約五倍上がり、逆に一度下がれば約三十%低下すると云われている。
 入浴によって汗がにじみ出るようになると体温が一度上昇したときで、基礎代謝率も高まり利尿効果やデドックスで体外に毒素排出できる。
 最近では体温三五度C以下では体の免疫がにぶくなり、がん細胞が増殖しやすいという報告もある。がんは高温に弱いため、連浴によって体温を上げる入浴法や三七度C以上にするため、民間療法では四一度C?四五度Cのサウナや加熱したコテをがんの局所にあてることも試みられるが、安全面で釈然としないところもあるがヒントにもなる。最近では遠赤外線照射による全身温熱治療法も実施されている。
 ヨーロッパなどでは「人体用温熱装置」(ハイパーサミア)の研究がすすんでいる。
 これは放射線で治療効果を高めることから発展してきた考えである。
 私達の先祖は「湯治」によって体を癒す方法を考えてきた。その一つはなんといっても気持ちがいい。温熱作用でゆっくりと血液の循環を高め、自律神経の調和がはかられ、緊張感がほぐれ、精神的安らぎにより心の疲れが取れ病気の治療効果も高まる。温泉浴場は限りなく健康リゾートであると同時にセルフ・メデイケーションの場でもある。
● 江戸時代の長命者達
 長命の話はいまに始まったことではなく、江戸時代に八〇?九〇歳をこえる長寿者がいたことはいろいろな資料で知られている。
 有名人で云えば「養生訓」を著した貝原益軒は八五歳、「蘭学事始」の杉田玄白は八五歳、「八犬伝」の滝沢馬琴は八二歳、「富嶽三六景」の葛飾北斎は九〇歳であった。
 杉田玄白は娘が第一子を産んだ翌年に、後妻との間に自分の子供をつくっている。玄白六三歳の子供である。
 その翌年には往診の帰り道、立寄った茶屋の小娘に色情が甦ったのか「老木とて油断なさるなかえり花」と詠んでいる。
 貝原益軒は「養生訓」で「人の身は百年を以って期(ご)とする。上寿は百歳・中寿は八〇歳・下寿は六〇歳、六〇歳以上は長生なり」と語っている。養生に努めさえすれば人の命は百歳を保つことができるというのである。
(日本中医学会々員・別府市北中在住)