私の自然記 九州博物誌
柴田 秀吉


葛 日曜も祭日も休まず休憩もしないで
 クズの花は初秋のころ咲く。去年、別府、鉄輪の山でクズを写生した日付は九月六日になっている。
 クズの花は藤の花に似て、赤紫色の蝶形の花が密集している。
 この地方では、クズのことをカンネカズラと、よんでいる。山道や畑の土手にはびこるこの葛は、畑の里芋をまきたおし、ミカンや柿の苗木をしめあげて成長を弱らせる。昔は、牛馬の飼料や割木をくくるのに使っていたが、いまでは牛馬がすくなくなったし、プロパンガスの出現で割木を使わなくなったので、クズの葉も、蔓もいらなくなって、ただ畑の害をするばかりだ。
 仲間の話によると、昔、飢饉のときに、クズの根を掘ってだんご汁にして食べたという。だが、地中深いこの根を掘って、繊維をたたいて水にさらしても、わずかな澱粉しかとれないから、腹のたしにならないし、大変な労働だったにちがいない。
 はぎが花尾花葛花なでしこの花女郎花また藤袴朝貌の花
 万葉にこう詠まれたクズの花は、秋の七種の一つだけれども、いまふうの室内観賞用の花としては不向きである。ハギの花だって、野山に咲き乱れているところは季節感があっていいが、水揚げがむつかしいし、室内観賞用には向かない。
 万葉のころは、春の七草が食用であったように、秋の七種も実生活の必要品だったにちがいない。その証拠に、秋の七種はどれも薬草だし、ハギの枝、ススキの茎は屋根をふいたり、垣根をつくったり、ほうき、かご、俵の材料だし、クズの藁はそれを編むのに使っていた。また、繊維をとって葛布を織ったり、藤こうりなども作ったという。根は薬草図鑑によると発汗・熱さまし・痛み止めによくきくとあり、クズ澱粉は昔から吉野葛といわれる高級品で、いまも葛菓子に使われている。
 歌舞伎の『葛の葉物語』は、安倍保名に助けられた信太の森の狐が保名の愛人葛の葉に化けて、子までなしたが、正体を知られたので
  恋しくば尋ねきて見よ和泉なる信太の森の恨み葛の葉
 という、恨みの歌を残して去るという話だ。原典は『日本霊異記』か『今昔物語』らしい『葛の葉物語』を理不尽なアシイレ婚、または身分の違う男女悲恋の劇化だという説もある。とすれば、いまだったら、女は恨むのも恨むが、裁判所ですったもんだの末、慰藉料で話がつくこともあるが、葛の葉は慰藉料なしで恨みだけ残して去るのだからおそろしい。
 晩秋のひやつとする風に吹かれて、はらりと白い葉うらを見せるクズの葉は、なんとなく意志的で気色が悪い。しかし、ぼくらは『まくず原うら吹返す秋風に』などとは、いっておれない。
 彼らは人間が油断をすると、日曜も祭日も休まず、休憩もしないではびこり、痩せ地のビンボウカズラのように、あたり一面にとぐろを巻き、節から節から白い根をおろす。蔓を切ってもミミズのように別のところで生きかえり人間の汗をしぼり、鎌にたち向かう。
 ぼくらは、クズの葉よりもカンネカズラのほうがうらめしい。
  
 柴田秀吉氏は、昭和四年別府に生まれ、現在市内北鉄輪に居住。
 この文章は、昭和五十年十二月から一年四カ月にわたって西日本新聞に連載され、昭和五十三年創樹社から出版されたものです。
 四季を通じた五十二編の身近な自然の随想と著者の描いたスケッチで構成されています。