「温泉」と「ニセ温泉」
斉藤 雅樹


 近頃はレジオネラが新聞を賑わす。やっかいな肺炎をおこす菌である。宮崎の温泉で死者が出たため、急にクローズアップされた。それ以前にも茨城と静岡で同様の事故があり、2000年以降で死者は16名にのぼる。
 この記事で「温泉はこわい」と思うなかれ。真実は「ニセ温泉はこわい」のである。ニセ温泉、とは温泉の看板を掲げながら、何日も使い古した「疲れた湯」をたたえた施設のことである。
 鉄輪の共同湯や湯治宿で極上の湯につかる方々には無縁の話かも知れないが、世の中には「良い湯」につかりたくてもつかれぬ人がいる。本格的な温泉地に遠ければ、近場の「○○温泉センター」に行って気分だけでも味わおうとする。ところが、こうした施設は建物こそ小綺麗で立派だが、湯はひどいシロモノであることが多い。
 昔からの温泉地は大体が自噴で湯量も豊富だ。しかし、新興の温泉地は無理矢理に大深度を掘る。深くなれば地下水温は徐々に上がる。温泉、と呼べる25度Cをクリアしたら工事を終了、ポンプでくみあげる。当然、湯量も多くないが、モトを取るには大型施設にしたい。そこで、一度浴槽に入れた湯を底の方からこっそり吸い出して、再び浴槽に注ぐのである。これを「循環式温泉」と言う。
 循環式温泉は、温泉に詳しい者からは馬鹿にされる。なぜなら、湯が劣化しているからである。居酒屋で言えば、前日に客が飲み残した燗冷ましを再度、給仕するようなものだ。プーンと独特の劣化臭がする。源泉は良い湯でも、浴槽段階では見る影もなくひどい状態になる。「ニセ温泉」と呼ばれるゆえんである。
 しかも、循環式温泉は不衛生になり易い。そのままでは髪の毛や垢が際限なく増えるから、フィルターで濾して除去する。そのフィルターは、レジオネラの格好の棲家なのである。ために、厚生労働省や保健所では循環式温泉に塩素消毒を徹底させている。不十分だとレジオネラはどんどん濃縮されて爆発的に増加し、基準の数千倍数万倍に容易に至る。
 レジオネラは飛沫で感染する。普通の浴槽では感染の可能性は低いが、湯が霧状に飛散するところは危ない。ところが、この手の「ニセ温泉」に限って、ジャグジーやら打たせ湯が完備されている。循環式温泉でジャグジーや打たせ湯を使うことは自殺行為と思って私は近寄らない。
 循環式温泉を見分ける方法は、というと、「底に吸い込み口がある」場合はまずクロと考えてよい。「湯口からザァザァ湯が落ちる割に湯船からあふれ出ない」浴槽は怪しい。底から吸い込んでいる。でなければ、湯口ザァザァと同量が湯船からあふれるはずなのだ。カルキ臭がするところも怪しい。
 それ以前に、中に入らず目星をつける方法もある。「新しい施設である」「大型施設である」「値段が高め」「公営施設である」「ジャグジー、サウナがある」「歴史ある温泉地でない」これらのうち四つ以上に該当すれば、循環式の「ニセ温泉」である可能性は高い。
 では、消毒が徹底された循環式温泉は安全か?というと、確かに安全であろう。しかし、脱衣所から浴室に入った瞬間、ムウッとカルキ臭が鼻をつき、のけぞる羽目になる。湯面に鼻を近づけようものならクラクラする。目はシクシク、肌はカサカサである。これをごまかすために、備え付けのボディソープには高級アルコール系の成分がたっぷり入っていて、温泉に似せた「スベスベ感」が人工的に得られる、という仕組みである。
 これを「温泉」と呼んでよいものか?遠路はるばる「温泉」に来たつもりが実は「ニセ温泉」で、自宅よりひどい劣化湯をあてがわれる、これは不幸の極みではないか。しかし、これは今の瞬間にも全国の「温泉地」で起こっている現実である。
 ふりかえって別府を見れば、幸い湯量に困ることはない。なにせ、八湯で一日13万トンも湯が湧き、その多くを使い切れずに捨てている贅沢な土地である。従ってニセ温泉もほとんどない。鉄輪など恥であるかのように、旅館の裏で余り湯(といっても立派な熱湯)がザァザァ捨てられている。寒い時期になるとモウモウと湯煙をあげ、溝ぶたを温める。おかげで鉄輪のネコ達は冬でも地熱寝床で安眠できる。
 ニセを見分けるには、ホンモノに触れるに限る。ホンモノばかりに接していれば、突如出くわしたニセには違和感を覚えるものである。カニばかり食べている人は「カニかま」をカニと間違えることはない。カニばかりじゃ財布がもたぬ、と案ずることはない。食品界ではホンモノが値段が高いが、温泉界ではなんとホンモノの方が安いのである。