名湯・鉄輪の魅力を伝えるには
斉藤 雅樹


 温泉ブームという言葉が陳腐化するほど、すでに温泉ブームは定着した感がある。温泉に行って来た、と月曜のオフィスで言おうものなら「いいねえ」と羨 望と嫉妬に見舞われる。「両親を温泉に連れて行きます」は孝行の常とう手段、海外での奮闘から帰国して第一声は「温泉でゆっくりします」である。
 気になるのはこうして訪れる温泉は「どこの温泉」なのか、ということである。今や温泉は古くからの温泉地のみならず、火山と縁もゆかりもない平野部、 都市部でも湧出する、いや「湧出させている」と言った方が正しい気もする。千メートル、二千メートルもの大深度を掘削して動力で湯を汲み上げ、少ない湯を多く見せるために循環して再利用する。再利用すれば衛生上の問題があるので、塩素系の薬剤を入れて消毒・殺菌して入湯客に提供する。もしもこうした温泉を指して、「温泉に行きたい」とし、「いいねえ」とコメントしているのなら、一体、何を求めての温泉志向なのか首をかしげたくなる。
 おそらく、“温泉”というキーワードで、「休暇」「のんびり」「旅行」「美食」「観光」などのイメージを代表させているのだろう。確かに温泉旅行には転地療養、リラックス、物見遊山と無縁ではない。それらの象徴として“温泉”という言葉が使われるのは嬉しいことでもある。
 ところがそれを逆手にとって、温泉という言葉を使いたいだけ、という経営者があるから困る。法律上の「温泉」となる条項を満たすために敢えて掘削して、25℃以上という温度条項か、一定量を含むという成分条項をクリアする。少しでも使っていれば確かに「天然温泉」に違いない。ほとんどは水道水を加熱して使い、ごく一部、なけなしの源泉を滴下して“製造”した温泉水を大事に循環再利用する。温泉地の中には「家庭の水道水を沸かした方が健康に良いだろうに」という投薬たっぷりの湯も見られる。こんなお湯では競争を勝ち抜く自信がないから食事、サービス、設備を充実させて集客する。残念ながら全国にこうした温泉がいくつもあるのは否めない事実である。入湯客こそ良い面の皮である。
 温泉地を名乗るからには、泉源から湧出する新鮮な湯を利用者に提供して頂きたい。ほんの少ししか湧かない源泉を根拠に巨大施設を運営しても、それは入浴施設ではあっても真の意味で「温泉施設」とは言い難い。
 無理やりに成立させた新規温泉と、伝統ある本格湯治場の温泉が、ガイドブック上は同じ「温泉」というジャンルで十把一絡げである。ワインなら五百円から百万円以上のものまで格付けされているが、温泉はどういうわけか極上の温泉も、真水のような温泉も一般的評価は同じである。現に料金は変わらない。 却ってホンモノ温泉の方が安かったりする。それはそうである。なぜならホンモノ温泉は薬もフィルターも循環装置も無いから安上がりの場合が多い(ただし成分が濃厚でメンテナンスが大変なホンモノ温泉ももちろんある)。
 別府八湯、中でも鉄輪温泉の湯は利用形態が素晴らしい。温泉施設は源泉かけ流しを基本としている。塩素くさい薬入りの湯にはまず出合わない。天然温泉の芳香が鼻をくすぐる。全国の温泉をめぐって感じるのは、ほとんどが「塩素入り」の投薬温泉であることだ。衛生管理上、県の指導で有無を言わさず全施設が消毒薬入りのエリアもある。
 塩素系薬剤は湯を「酸化」させて殺菌する。雑菌も酸化されて死ぬが、同時に人間の肌も酸化される。肌にとって酸化は「老化」と言える。テレビを見ればCMで「抗酸化作用」をうたうアンチエイジング、つまり老化抑制製品のオンパレードだ。サプリメントやクリームで一生懸命に「抗酸化」に努め、少しでも若さを保っているのに、湯治のつもりで訪れた温泉施設で肌を「酸化」させていてはまるでマンガである。
 循環も投薬もしない新鮮な温泉水は、酸化と反対の「還元」状態にある。このことこそが温泉が健康に良い根拠なのだ、と主張する研究者もある。近年「源泉かけ流し」の表示施設が増えたのもそうしたトレンドを反映したものだろう。おかげでここ数年、全国的に温泉水の扱いがやや改善傾向にあるのは間違いなく、嬉しい限りであるが、いまだに循環と投薬を行う温泉施設が過半を占める。
 鉄輪温泉は湯の良さをどんどんアピールしたい。循環も投薬もない湯は還元系のアンチエイジングが期待できるし、成分も世界に誇れる素晴らしい湯である。弱酸性の鉄輪の湯は希少価値だ。そもそも温泉は中性から弱アルカリ性がほとんどで、酸性側は少ない。中でも弱酸性は稀である。弱酸性をうたう洗顔料や石鹸はCMでおなじみだが、肌と同じ液性でマイルドな湯である。かつ体液の半分程度の濃さの塩化物泉でこれまたソフトな湯の証。極めつけは保湿成分のメタケイ酸の含有量は日本一レベルであり、三拍子そろった美肌の湯といってよい。
 鉄輪の湯を家庭で再現しようとすれば、浴槽二百リットルに食塩などを八百グラムも入れないと同じ濃度にならない。まして微量成分や還元状態などは人工的にほぼ再現不可能だろう。こんな湯が二十四時間、かけ流されているのだから贅沢の極みなのである。
 加えて、新しい研究では鉄輪温泉に含まれるリチウムは、飲泉によって脳内活性を向上させ、精神安定効果があるとの報告もある。これまで鉄輪では飲泉所が数えるほどだが、街中に気軽に飲泉できるスポットを増やせば、今後は人気が出るのではないか。
 温泉の良さが今一つわからない、という知人を鉄輪に案内したらいっぺんでファンになってしまった。ハズレ温泉ばかり巡っていても魅力を感じないはずである。ホンモノの名湯・鉄輪の良さを一人でも多くの方に知ってほしいと常に願っている。