「かんなわのんでみんかい」
加来 浩治

 まずは「グビ!」お湯割りを一口。酒の力を借り、この原稿用紙に文字を埋めていけそうな気分になってきた。『鉄輪飲んでみん会』について思いつくまま、気のつくまま、気の向くままに、筆を進めて行きたいと思う。「グビ!」 
 この会が発足してすでにもう一年以上の時が流れている。ことの発端は、『鉄輪愛酎会』会長の河野忠之さん(通称ターちゃん)が鉄輪焼酎の売上の減少を『まさ食堂』で嘆いたことにある。その時、そこに居合わせたのが、火売食糧の森さん(現『鉄輪飲んでみん会』世話人代表)と、飲んべエの私であった。以前『鉄輪焼酎』を一本でも多く売らなければならない立場にあった私ではあったが、今はただ飲むだけに専念すればいい身分である。「グビッ!」飲み助の頭にふと妙案(悪知恵)が閃いた。堂々と胸を張って飲める口実を思いついたのである。
 鉄輪の為に?やむなく『鉄輪焼酎』を飲めば、たとえ一人よがりであったにせよ、(ここでグビーッ!と)公然と飲んでも良いではないか・・・。悩む事なく、ターちゃんと森さんに提案すると、そこは飲み助同志、一瞬とも躊躇することなく決定!まずは会場探し。酒は好きだが金は無い。(特に私はそこの所は自信がある。)飲み助の厚かましさを発揮、一回二千円を設定した。
 果たして飲み助の飲み心を満たして、二千円で飲ましてくれる所があるだろうか。ここで登場するのが、『まさ食堂』の御主人、政ちゃんである。困った時の神頼みならぬ、政ちゃん頼みである。そこは同じ飲み助、快く第一回目の会場を提供して戴くことになった。毎月第3水曜に開催することになったのも、『まさ食堂』の定休日に合わせたことによるものである。
 こうして飲み助の、飲み助による、飲み助の為の会は誕生したのである。「グビーッ。」その後多くの方々の御協力により、様々な会場で、毎回三十人以上の飲み助の参加を戴きました。この『鉄輪飲んでみん会』が末永く発展することを切に願うものである。
 これまで飲み助という言葉を何度も使用して来たけれど、「グビーッ!」この飲み助について、多少考察らしきものをしてみたいと思う。とある辞書では「飲んだくれ」とか「飲んべえ」とか記されていたが、私なりに飲み助側の立場で解釈してみようと思う。
 少なくとも飲み助の飲む対象はアルーコール飲料である。お茶やジュース類ではいくら飲んだとしても、飲み助とは呼べない。そして大切なことは楽しく飲めることだろうと思う。一緒に飲んで楽しくなければ、飲み助と呼びたくない。飲んで周りに迷惑をかけるのは、ただの酔っ払いにすぎない。「酒は飲むべし。飲まれるべからず。」である。「グビーッ」強いとか、弱いとかでなく、好きな酒を飲み過ぎることなく(これが結構難しいが)、出来るなら、笑顔で飲みたいものである。度さえ越さなければ、「酒は百薬の長であり、人を幸せにするものである。」と、時々二日酔に悩まされる私は思う。その酒をこよなく愛するのが飲み助であり、そしてその飲み助の集まりが『鉄輪飲んでみん会』であってほしいと願いつつ、「グビーッ」筆を進めているのである。
 このエッセイらしきものを書く羽目になったのは、ターちゃんの依頼によるものだが、「グビーッ」こんな飲酒随筆でいいものかと多少不安に駆られながら、もう少し原稿用紙を埋めて行きたいと思う。
 最後にこの会の発足及び継続に尽力して戴いたターちゃんと森さんに感謝の意と、この会が永く続く様に願いを込めて、参加して下さる皆様に『鉄輪を飲んでみん会』をより理解して戴けたらと、個人的意見に偏るかも知れないけれど、私の希望を述べさせて戴きたいと思う。
 本当の所は好きな酒を好きなだけ飲むのがベストなのだが、この会の発足の事情は『鉄輪焼酎』の売上を一本でも増やす為にということなので、この時だけは『鉄輪焼酎』しか出ないということを認識して戴きたい。そして二千円という会費は会場を提供して戴いた方の好意による所が大であることを理解して、用意して戴いた料理等に一切苦情を言わないことを深く御理解戴くことが、この会の発展に繋がって行くのだと、生意気ではありますが、私のこの会に対する思いいれでありますので、以上の2点だけは心の片隅に止めて御参加戴けたらと思う次第であります「グビーッ」。
   鉄輪投句筒「湯けむり散歩」編集員