別府との出会いその4
「湯治宿・中野屋さんのこと」
石菖女

 私が初めて別府を訪れたのは平成十九年の初夏だった。九州大学病院に8か月の入院後、病気療養中だった私はすぐに復職できる状態ではなく、今後の不安を抱えながら、だからといってあせっても思うようには回復せず、自分でどうすることもできないでいた。当時は大学生の息子がおり、私はやすやすと仕事をあきらめるわけにはいかなかった。体力も気力もおぼつかず、生きる自信が持てず、死にたいと思ったわけではなかったが、私の存在が許されない気がして、消えて無くなってしまいたいと思ったことがあった。しかし、その時消えて無くなってしまう的確な手段にはたどり着けなかったのである。今となってはそのことに感謝しなくてはいけないのであるが。
 入院中にお世話になった主治医は私の退院と同時期に別府医療センターに転任された。それほど自信も無い状態で,退院にはなったものの心細く、入院中毎日回診してくださっていたその時の主治医が懐かしく、お目にかかりたいと思った。無理な気はしたがお会いできたらと思い,おそるおそる電話をかけた。すると先生は時間を取ってくださると言われた。とても嬉しかった。そういうことで両親に連れられて別府に出かけた。これが、私の別府の街との最初の出会であった。その時は、約束の時間に緊張して病院に伺った。先生にお目にかかれてとても嬉しかった。最後に「無理しないように ゆっくりゆっくりすごしましょう。薬は飲み忘れないように。」と言われた。あんなに長く入院したというのに、先生にどんなことを指導され、どんなことを言われたのか残念ながらほとんど覚えていない。「ゆっくりゆっくり」、「無理をしない」、「必ず良くなる」、「練習」、「散歩」などの言葉が断片的にわずかに記憶に残っているような気がする。
 残念ながらその頃は、日本一の源泉数と湧出量を誇る別府の温泉も、のどかな別府湾のやわらかな陽射しや爽やかな風も楽しむどころではなかった。
 最初は別府駅付近のホテルに泊まったが、鉄輪の湯治宿で、湯の恵みと豊かな自然、ゆったりとした時の流れ、女将さんの優しさなどに触れ、この素敵な癒しの場の貸間宿と出会ったのである。蒸気がモクモクと噴き出し、ご飯も炊けるし、野菜や肉、魚など何でも蒸せる地獄釜はすごい万能加熱調理機である。食べたいものをざるや鍋に入れて地獄釜に入れ、木の蓋をしておけばいい。自炊で、好きなものを自由に作って食べられるのである。温泉の湯だけでなく石菖の葉を敷き詰めた蒸し湯もあり、これも自由に入れる。
  畳敷きで襖で仕切られた和室に、糊がパリッときいた布団が用意され、冬でも蒸気で部屋が温かい。近所を散歩したり、日常から離れ、ゆったりとした時間が流れる、優しく心地よい空間である。今となってはもう実家のような、そしてちょっとした隠れ家のようなそんな私のとっておきの場所である。